おとなの発達障害…「ふつう」ってなんだろう

他の人と何かが違う。でも、何が違うの? 私、おとなの発達障害です☆☆ 

映画:プラダを着た悪魔2

プラダを着た悪魔2 ☺☺☺

 

現在、映画館で上映中

 

「プラダを着た悪魔」はDVDで何回か観ていました

 

仕事がとてもハードでキツかった頃に見ていました。

 

DVDを見ては、今の私の仕事はまだまだそんなに辛いものでは無いのかも…と思っていました。

 

なので、私にとっては思い出深い映画

 

その映画のシリーズが!!

 

なんと20年越しに やって来たんです!!

 

まさか「2」と言うものが出来るとは思いもしなかったので、

 

とっってもハッピー\(^O^)/で観に行きました

 

 

まるで、一週間後のミランダかと思うぐらい、20年の月日が感じられない姿にびっくりでした(O_O)

 

私にとっては

お話もとても良かったです,゚.:。+゚

 

時代の変化を大きく現した映画に心が揺れました

 

この2作で、時代の特徴がはっきり別れていて

だれが1作目の時に、2作目の出来事を予想出来たんだろうと思うぐらい、

時代を比較できる映画になっていて

今と前との違いに改めて気づき、

今のいい面、広がっていく面、新たな可能性に触れることが出来て嬉しかったです

 

(もちろん、いい面だけでは無いですが そこは折り合いをつけていけるように今後の私たち世の中の動き次第なんでしょうけど  …何言っているかわからないですよね(笑))

ゆとり世代から始まり(私の中ではね)

平成、

令和の時代

 

働き方の変化

仕事をする人達が、何を重視するかも変化してくるこの時代

上司の言う事が絶対ではない世の中

一人一人の個性が目立ち始める時代

そして、全体的にそれが受け入れられる時代

 

この変化は日本だけかと思いきや (私の視野は狭いですね…)

世界の変化だったとは…

 

インターネットがフル活用され

スマホが普及し

雑誌が売れなくなる

 

時代が変わる時、

人も色んな変化に気づく

 

自分を認めてもらえなくても、ずっとミランダの側で働いてきたナイジェルの健気な心に、やんわりと気づかせてくれる場面が好きでした

(私はナイジェル推しなので)

 

新キャラの、頭のキレる新入社員(研修員?)のジンも好きでした

見た目と中身と知能とファッション界の職場と言う、あらゆるギャップが個人的にはカッコ良かったです

 

アンディの彼氏のネイトが見えなかったのは悲しかった(/_;)

見えてないだけ?

ネイトが居たら、もしくは話題が出てくれたら、もっとシリーズ感が出て良かったのにな…

あと、アンディはもっと落ち着いていて欲しいですが、そこは私個人の感想です。

 

DVDになったら、もう一度借ります

 

 

今は変化の狭間な気がして、そこで私は生きている

この世の中がこの後どうなるのか 興味があります

 

映画:陪審員2番

陪審員は一般市民の中から偶然に選ばれる

・裁判の詳しい内容・事実を聞き、有罪か無罪かを決める権利がある

・12人のメンバーで行うことが多く、全員の意見の一致が必要条件・選ばれた市民は、義務として参加する必要があり、適切な理由なしに断ると刑事罰や民事罰へ発展する事がある

★ちなみに、12人のメンバーに決めた理由は数理統計上の効率が最もいいからだそうです

ちょっと気になりました。

一連の心理的実験研究では、民主主義を達成するという意味においては、6人制よりも12人制の方が優れているという結論もあるそうです

最初に12人にしようと考えた人はスゴイですね!

 

 

さてさて内容です

🌝🌝🌝

 

陪審員に選ばれたジャスティンは、

 

恋人を殺害した男の裁判に参加します

 

話を聞いていくうちに、 あれ? これ、もしかして僕が犯人…かもしれない…

 

となります。

 

疑われている男は、気が荒そうで犯罪も犯していそうな人

(外見判断ですがw)

 

しかし彼は無罪

 

他の陪審員は、疑われている男が有罪でいいのでは??と話し合い

 

ジャスティンには妻がいて、そろそろ赤ちゃんが産まれる頃

 

さて、どうしよう…

 

何ともなく参加した陪審員

徐々に彼の思考は爆発寸前

自分の中で葛藤し、どう結末を迎えるのか、人生の一大事、そりゃ冷や汗も出ますよ。

高まった問題に対し、どんな顔をして、どんな考えに行き着いて、どんな行動を取るのか

 

 

そんな人間らしさが溢れていて、

 

 

自分だったらどうしようと思いながら

 

どんな結論を選んだところで、正解はないのですから、

 

すごく面白かったです

映画:キリング・オブ・ケネス・チェンバレン

🌝🌝

 

アメリカ合衆国のスリラー映画

 

スリラー映画…  ?

 

スリラーは、スリル

 

スリル:恐怖や興奮ではらはらしたり、ぞくぞくするような緊張感。戦慄。危険が迫っているシーン

 

スリルな現実

 

実話を元に作成された映画です。

 

 

 

朝早い時に、

寝ぼけていたケネスおじいちゃんは、うっかり医療用通報装置を誤作動させてしまいます。

 

交換手は、おじいちゃんへ呼びかけますが

返事がないため緊急性を考えて、安否確認の依頼を行います。

 

警察官がやってきましたが、

ケネスおじいちゃんの精神障害に対して、知識を持つ警官は新入りの警官だけ。

 

 

おじいちゃんの様子を確認したい警察官ですが…

 

 

おじいちゃんは以前に警察官に対して怖い思いをした様で、ドアを開けたくありません。

 

ドアを開けない事に、警官は不信感を抱き、緊急性を考えて、どうしても開けようとします…

 

 

 

リーダーの警察官は勘違いの想像が膨らみ

 

気の荒い警察官は黒人に対する偏見強く

 

新入りの冷静な警察官は立場に苦しみ

 

応援に来た警察官は、鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス系で…

メンバーもメンバーで、事件が起こるリスクの高い人達が集まりました。

 

 

 

 

警察官って、こういう仕事もするんですか

 

大家さんにカギを開けてもらい、本人とコミュニケーションはとれないんでしょうか

 

任務が「安否確認」であるなら、家族が来た時に一緒に安否を確認したら任務終了になるのかと思いきや…

 

 

 

おじいちゃんと警察官の勘違い、

 

それで殺されたら身も蓋もない気持ちに(..)

 

 

不安を抱え、実際不安が現実となり、そして殺されてしまったおじいちゃんは、最初から最後までずっと頑張っていました。

 

 

 

警察官って、いざとなれば、人権も法律も、ルールも無視できる仕事なんでしょうか…

 

 

警察官に有利な状況で物事を進められるのかと思うと、何されるのかわからなくて、なんだか身構えてしまいますね

大人の勘違い、恐ろしや。

 

 

人殺し警察官はどうなったんでしょうか

映画:ロストケア

映画 ロストケア

🌝🌝🌝

 

楽しい、嬉しい、怒り、悲しいなどの感情がある中、

 

今回の映画は、悲しい、辛い、怒りの感情に焦点を当てていました

 

 

 

心優しい介護士の宗典

 

介護の必要なおじいちゃんおばあちゃんの事、

 

その家族の事も、

 

双方をよく観察し、双方の反応を敏感にキャッチしていました。

 

 

 

個人的には、共感できた映画でした。

 

 

介護は、やっぱり経験しないとわからない所が非常に大きいと思います。

 

認知症も同じなわけで。 

 

 

今までの親のイメージが、ガラガラと崩れ落ち、嫌なセリフを吐かれ、頑固な行動をし、

増えるだけの介護量。

 

でも、時折感じる親の面影。割り切ろうにも割り切れない、辛い気持ちになることも。

 

 

 

自分が小さい時は親の世話になり、大きくなったら、恩返しに親の世話をすると言うのは、当たり前の事だとは思いません。

そういう社会があれば出来ると思いますが、

現代は子どもの数も減り、親の介護は数多い子ども達で手分けして関わっていくわけにもいかず、

数多い子ども達が皆仲良く、手を取り合って親の介護ができる状況にあるわけでもないと思いますが

 

 

 

子育ては1人では出来ないと言われる現代、

保育園があり、ベビーシッターがあり、じいじばあばのお手伝いがあり、夜間保育があり、病児保育があり、子育て給付金があり、医療助成があり、そのおかげで両親は社会で働く事も可能になってくる。

 

介護も1人では出来ない。じゃあどんな制度があるんでしょうか。

社会はどう力になってくれるんでしょうか

 

 

小さい赤ちゃんは、トイレができなかったところで、いずれ年を重ねれば、トイレに行く事ができるようになりますよね。一つ一つ成長していき、数年はかかりますがトイレも自立、ご飯も自立。親への愛を言葉で伝え、抱きついてくる。

でも

高齢になっていく認知症の方は別ですよね。

先の見えない育児、ならぬ、介護。

 

 

トンネルを抜けるのは1年後か、もしくは5年後か、10年後、もしかしたら30年後かもしれない。

 

そして気づけば自分も年をとり… と、想像してしまうと、自分の人生にぽっかり穴が開く様に思う。

 

 

そんなの 

 

いくら聞いて

 

いくら想像しようにも

 

未経験者には想像できない。

 

でも、

事実を知っていく事はいずれ誰でも役に立つ

 

 

体も心もこたえる介護生活の中、

映画に出てくる役所の人の対応って何なんでしょうね。

「大変だと思いますけど頑張ってください」のセリフだけで、何が救われるんでしょうか

 

国市町村の住民をサポートする仕事のはずなのでしょうが、

 

あまりに他人事の対応すぎますね。

 

そのセリフだけで介護と仕事と生活の両立が出来るようになるんでしょうか

 

でもそんな悲しい出来事は、きっと溢れかえるほどあるんですよね。

 

介護疲れなんてワード全然珍しくないし、介護のために仕事を辞める人も見ます。

 

家で親の介護をしていると聞けば、大変なんだろうな、というイメージはすぐに出てくるけれど、自分の身に起こらないと立場を理解できない。

 

 

自分が困った時、辛い時、具体的にはどんなサポートがあって、どんな条件でそのサポートが受けられ、どうしたら生活していけるか

 

そんな知識を、子どもの頃から知っておく事は、将来の自分の役に立つ事だと思いませんか。更には社会に役に立つ事だと思います。

平等に知識を知るにはやっぱり学校で学ぶのがいいのかな

 

 

大人になり困っている最中は、日々に追われて、疲労を抱えて、なかなか自分で調べようという超人的な精神力のある人はいないと思います。

 

 

検事さんが話す正論、

 

宗典さんが話す正論、

 

裁判官が話す正論、

 

すべてその人にとっての正解なので、どっちが正しいとは決められない。

裁判で決めるには難問です

その正論に至る根っこの理由を、相手の立場に立って理解しようとすると、時間がかかる。

でも、そこに基本的な事が隠れているんですよね

 

 

根本の理由は介護疲れ。

 

親への愛情から介護を始めますが、

仕事が続けられず、

親の症状は日に日に赤ちゃん返り

その状況にどうしたらいいのかわからず、

行き詰った時に、親から殺してくれと頼まれる。

 

 

基本があり続けるなら事件もあり続けるわけで。

 

 

令和も来て、

多様性も注目される現在

 

子どもの数は減る傾向

 

女性も社会で働く時代

 

昔と違う、変化がある

 

医療が発展

AIも登場

 

そして制度は未だに昔のもの それだと、ひずみが出てきそう

 

 

映画では、殺人という形で解決していましたが、

 

人と人を思うなら、

 

一緒に話し合い、介護する家族達が何を必要としているのかを探り、一緒に歩んで行ける方法だと良かったのかな

 

中には介護を続ける事に意義を感じる人もいるでしょうし(多様性ですから)

人の困りごとは、人それぞれですからね。

全員が全員苦痛でない場合もありそうです。

 

で、そういう事をするのは家族や身内といった、親しい人達だけかな?仕事とは言え赤の他人でもしてくれるかな?

映画:スリービルボード

映画:スリー・ビルボード

🌝🌝🌝🌝

 

ミルドレッドは、実の娘を見知らぬ人に殺害された。

 

彼女は辛く苦しかった。ありえない出来事。

娘との対話の場面をすごく後悔している。

そして、元夫は若い娘と暮らしている。

 

このやりきれない気持ちが犯人に届くことはなく、どこにも向けられない。

彼女には心に秘めた深い怒りがあった。

 

しかし彼女は、ウィロビー署長の存在と、ジェームズの愛と、ディクソンの誠実さと、元夫の彼女の発言によって 変わっていき、巨大岩のような怒りをコントロールできるようになっていった。(ここではジェームズの文は書いてませんが、映画には出てきます。)

 

 

 

ウィロビー署長は余命わずかな病の中、自分のプライドを打ち消すような仕打ちをされた。

 

彼は人望があり、家族想いで 優しかった。

だから 看板で恥をかかれても 怒らなかった。

気の荒い後輩ディクソンに対しても、彼のいい面を見続けていた。

 

 

 

 

ディクソンは人間性が最悪で、とうとう警察官をクビになった。不満や苛立ちの中、さらには炎の中、身の危険にもさらされる。

 

しかし彼は、ウィロビー署長が彼の事を大切に思っていて、手紙を残していた事を知る。

さらに、レッドの優しさに触れ、

愛を知った彼の中から、苛立ちや不機嫌が消えていった。

炎の犯人ミルドレッドに対しても怒りを現わす事はなかった。

 

 

看板を設置した広告会社の経営者 レッドは、暴行に合い

2階から突き落とされて大けがをした。納得のいかない暴力。

しかし彼は、自分を痛めつけた因縁の相手に対し、自分の怒りを必死にコントロールし、

最後は親切な態度を見せる。

 

 

 

人々は、ひどく辛い事が起き、すごくひどい思いをしますが、

絶対に許せないお互いを許し、受け入れていく。

 

壮大な内容の映画だなアと

考えさせられました。

 

 

 

元夫の彼女が見つけた文

 怒りは怒りを来たす

 

名言ですね

 

 

 

 

怒りのミルドレッドが、周りの怒りを買い、更に怒りを増幅させる。

 

その先には 何があるのか

 

わかっているけど止められない。

 

何がそれを止められるのかと思ったら、

 

濃い絵の具が、水と混じって薄まっていくように、

 

他の人物と混ざる事

他の人の愛の気持ちに触れる事で、

徐々に怒りの感情が溶けていくんですね

 

 

すてきです。

 

 

自分の心に素直な怒りがあれば、

 

自分の心に素直になって相手の為を想う行為もある。

 

お互いの気持ちの連鎖が連なって、まるで愛が愛を連れてくるように、

 

伝わるのが

 

すごく人間らしいですね。

 

さすが「人」と言う字は支え合う字。

1人1人の行動が、俯瞰してみると 大きな想いになってるのは、

まさに人の(生き物の)特性だなと思いました。

 

 

 

 

ちょっと疑問が1つ。

あのレイプ魔は本当に本人だったのでは?

DNA鑑定が違っていたとの、発言だけでは信じられないわ。

 

 

 

 

声もなく

映画:声もなく

🌝🌝🌝

 

 

口がきけない青年 テイン

 

学校に行ってない テインの妹(非常に貧しいです)

 

テインを拾って育てた 足の悪い チャンボク

(テインと別家に住んでいます)

 

 

 

 

 

テインと、チャンボクはコンビで仕事をしています。

 

鶏卵販売のほかに、犯罪組織の後処理をして生計を立てています。

 

チャンボクは、今の現状を受け入れて、自分にはこの仕事と生活が十分見合っていると思っていますが、

 

テインは、まだ若い青年なので、未来を考える事もあります。

 

ある日、ひょんな事で

 

誘拐したチョヒ(11歳の女の子)を預かる事になりました。

 

最初は動揺しますが、

 

チョヒは、意外に テインと妹の家で、楽しく暮らしていきます。

 

 

お互いが協力し、仲良くなるのです。

 

 

しかし、ずっと預かっているわけにもいかないと、

 

チョヒは、人身売買で売りに出されますが、

 

 

純粋なテインは、チョヒを心配して、連れ戻します。

 

 

そして、

 

テインはいつしか自分の未来も見たのかな?

 

もしかしたら、チョヒを助ける事で、自分達に何かしら運も流れてくると思ったりもしたかもしれなくもない

 

 

 

 

 

最後、一気に現実を突きつけられた所が すごく切なくて、

悲しかったです。(ノД`)・゜・。

 

純粋な青年なだけに、こんな人生を歩む事に切なくなりました。

 

 

 

 

 

これまで、どうしていいのか わからないまま、危うい場面をいくつもやり過ごしてきた青年。

 

未来を夢見た青年は、立派なスーツを脱ぎ捨てて、(未来を脱ぎ捨てた様な)

 

走り去る背中が、世の中と、自分に対して絶望を感じているかの様に見えました。

 

 

妹は?

 

チャンボクは不慮の事故で亡くなっているしで、

 

テインの人生が気がかりのまま、終了した映画でした。

 

 

 

 

声もなく 彼の出来事(人生)は 一つの解決した事件として

世の中のニュースの片隅に埋もれていってしまうのでしょうか。

 

 

出演者達の演技が素晴らしくて(テインも凄かった)、全然違和感なく観終えました。

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス

映画:エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス

🌝🌝

なかなか難しい題名です。カタカナニガテデス

 

 

コインランドリーを経営するお母さんは、

日々悩んでいます。

 

お父さんとすれ違い、

 

娘の彼女に理解を示しきれず、

 

毎日コインランドリーの客への対応に追われる日々。

 

お父さんは、お客様をうまく相手していきますが、お母さんは、イライラが募ります。

 

こんな人生じゃなければ…

 

昔、違う道を歩んでいたら、もっと違う、素敵な夢のような人生だったかも…

 

 

そんな事をよく考えるお母さん。

 

 

この映画の意味を考えるのが、なかなか難しかったです。

 

そして、長かった。

 

そして、ちょっとダーク系の場面もありました。(;´>ω<)

 

 

でも、すごく奥深かったと思います。( ゚Д゚)!

 

 

 

 

ここからは、私の解釈です。

 

おかあさんは、

ぐるぐる ぐるぐる 回る乾燥機を見ています。

(コインランドリーを経営してますから毎日見ています)

 

乾燥機の中の服達は、色んな服が、どの服も 同じ方向に 回っています。

 

お母さんは、その洗濯機の中に入ります。

 

すると、お母さんだけが 逆の方向に行こうと抗っています。

 

それは、自分の気持ちに抵抗しているのか、

 

はたまた世の中に抵抗しているのか、

 

もしくはごちゃごちゃした自分の気持ちが、自分でわからなくなっているのか、

 

とにかく、

 

お父さんが鍵となって、お母さんを導きます。

 

そのうち、お母さんは、人生の波に逆らわないでもいいんだ、

 

そのまま身を任せて他の洗濯物と一緒に回って行ってもいいんだ

 

と、

気づかされます。

 

それに気づいたら、自分は自由なんだと知ります。

 

なんでも出来るのです。

 

今まで困難だと思っていた事が何でも。

 

 

がんばって、戦わなくていい。

 

 

ただそれだけで、人生はうまく進んでいく。

 

そんな感じの内容だと認識しました。

 

 

お母さんの人生を変える気づきとは、相手を認める事だったのかもしれません。ですし、その場面を見てみたかったですが、申し訳ありません、寝ていて見逃しました(;´・ω・)(;´・ω・)(;´・ω・)